愛媛新聞「診察室」原稿

「早期痴呆」
軽症のうちに脳に刺激を
頭も体も使うことが大切

【問い】私の母のことで相談します。(55歳)働き者の母でしたが、最近物忘れがひどくなり年のせいと思っていましたが、先日家の前で転んでから症状が悪化し、話をしていると私が誰であるのかわからなくなっておりました。専門医に診せると脳梗塞(数年前からのもので軽度)であると言われましたが、手術をするほどではないと言うことで現在投薬をしていますが、本当に直るのか心配です。専門医はこれ以上悪くなることはないと言ってくれたのですが、症状が悪化しています。話をしていて、すごくまともなときと全然言っていることがバラバラでわからないときとがあります。まだまだ五十五歳でぼけるのには早すぎます。早くいつもの母に戻してあげたいと思いますので、よろしくお願いします。(東宇和郡城川町)
【回答】
 物忘れが極端にひどくなったり、自分の身の回りのことがよくわからなくなったりする、いわゆるボケ症状を痴呆(ちほう)といいます。
 人が歳と共に物忘れをするようになるのはある程度生理的な変化と考えられます。これは良性健忘と呼ばれ、日常生活に支障を来たすことはほとんど無く、痴呆とは区別されます。良性健忘の場合には物忘れをしたという自覚が本人にありますが、痴呆の場合には物忘れや自分の行動の異常に対しておかしいという自覚が無くなってきます。また、良性健忘では自分がいる場所や日時などをきちんと言うことができますが、痴呆ではそれが判らなくなってしまいます。
 ご質問のように、自分の娘さんのことも判らなくなるような状態ですとやはり病的と考えられます。
 痴呆の大部分はアルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆に分類することができます。
 アルツハイマー型痴呆は本当の原因がよく分かっていませんが、脳のやせが起こってその働きが鈍ってくるもので、数年〜十数年の経過で徐々に症状が進行します。初期には物忘れや計算間違いなどの軽い症状だけであまり気付かれないことが多いのですが、次第に家族や自分の名前も判らなくなったり、排泄のコントロールもできなくなり、最終的には体力も衰えて寝たきり状態になってしまいます。コンピュータ断層撮影で見ると脳委縮が目立っています。
 脳血管性痴呆は脳血管の動脈硬化で脳に十分な血液が送られなくなったり、あちこちの脳血管が詰まる(多発性脳梗塞)ことにより、本来の脳の働きが発揮できなくなったり、脳の働きの一部が損なわれて起こります。アルツハイマー型痴呆と似たような症状が見られますが、症状が急に悪化してしばらくそのままの状態が続くというサイクルを繰り返す、階段状の進行が特徴的です。また、まだら痴呆と呼ばれ、非常によく判っているときと全くとんちんかんなときとがあるのも特徴です。コンピュータ断層撮影では脳梗塞が目立ち、脳血流量測定を行なうと大脳全般に脳血流の低下が見られます。
 ご質問の患者さんの場合は脳血管性痴呆が疑われますが、どちらの型の痴呆でも治療の原則は変わりません。
 刺激が無くぼんやりと時間を過ごすことで痴呆は悪化しますが、痴呆は進行してからでは治療効果を期待しにくくなります。なるべく軽症の時にそれと気付いて、とにかく脳を使うようにさせることが最も大切です。五感を通じて脳をどんどん刺激することです。暖かく話しかけ、会話を持つように仕向けることも必要です。簡単なパズルやゲーム、作業や趣味を取り入れた「脳のリハビリ」が有効なこともあります。また、体を動かす運動療法も重要です。
 脳循環改善剤、脳代謝改善剤などのような薬が痴呆の進行を遅らせたり、痴呆に伴う意欲低下や抑うつ、問題行動に有効な場合もあります。ただ、残念ながら現時点で痴呆そのものに対する特効薬はありません。
 なお、一部の疾患に伴う痴呆症状には、内科的・脳外科的治療が有効なこともありますので、脳を含め、十分な精査をお受けになることをお勧めします。

 (愛媛新聞「診察室」原稿1993/10)