この切手は、2000年4月28日、宇和島城築城400年を記念して、当時の郵政省からふるさと切手として発行された。

宇和島城の創立及び沿革

 豪族時代 

 平安時代の中頃伊予の国の地方官であった藤原純友が海賊となったので天慶四年(941)に討伐した橘遠保が宇和地方の豪族となり。その後鎌倉時代嘉禎二年、西園寺公経の所領となって戦国時代に至った。
 ここに初めて築城された年代は明らかでないが西園寺公広の麾下〔きか〕家藤監物の居城として板島丸串城と称し、しばしば豊後大友氏の攻撃を受けた。天正三年には西園寺宣久の居城となった。
 豊臣秀吉四国平定(天正十四年)後は小早川隆景、ついで戸田勝隆の所領となって、いずれも城代が置かれたが番城の程度に過ぎなかったと思われる。

 藤堂高虎の築城

 文禄四年、藤堂高虎が宇和郡七万石の領主となるや当城を本城と定め、翌慶長元年(一五九六)築城の工を起し、6年間を費やして城濠、石塁を築き、天守閣以下大小の矢倉を構え、ここに初めて厳然たる城郭を造った。
(高虎はすでに大和郡山城・紀州和歌山城・山城淀城を築城するなど、城作りの経験を重ねていたが、大名として自分の居城を造るのは初めてであった。彼はその後、居城として、今治城、伊勢津城、伊賀上野城の築城を、また、徳川家康の命により伏見城、篠山城、亀山城、大阪城、江戸城の設計や工事の指揮にあたるなど、城作りの名人と言うべき人物であった。)
その後、慶長十三年、富田信濃守信高の所領を経て慶長十八年、幕領となり藤堂高虎これを預かり城代藤堂新七郎が入城した。

伊達秀宗の入城
 慶長十九年、伊達秀宗が宇和郡十万石の領主となり、翌元和元年入城し、次後伊達氏歴代の居城となった。

伊達宗利の城郭大改修
 寛文四年、二代宗利が工を起し、天守閣以下城郭全部の大改修を行い、同十一年(一六七一)に至って竣工した。その後度々小修理が行われているが、現在の天守閣は寛文の時代に完成した姿をそのままに残しているものである。

鶴島城と呼称する
 第五代城主伊達村候の世代に別名を鶴島城と名付け、次来(正しくは爾来)この別名が用いられてきた。

版籍奉還により国の所有となる
 明治二年、九代藩主伊達宗徳が版籍を奉還し明治四年、大阪鎮台ついで兵部省の所管となる。

伊達家に払い下げ
 明治二十二年、旧藩主伊達宗徳が払下げを申請し翌二十三年、陸軍大臣大山巌より払下げを受け、爾来伊達家の私有となる。

宇和島市に寄付
 昭和二十四年一月十九日、第十一代伊達宗彰氏より宇和島市に寄附申入れあり、満場一致をもって感謝状決議文とともに寄附採納を決定した。
伊達家側委員 山内豊治、上田宗一、宇和島市側 宇和島市長国松福禄、宇和島市議会議員 藤田定吉

重要文化財指定
 国宝指定   昭和九年一月三十日
 重要文化財指定 同 二十五年八月二十九日

昭和における解体修理
 宇和島城は廃藩後、周囲の矢倉は大部分取りのけられ、昭和二十年七月十九日の戦災により追手門を焼失したので、山頂の天守閣を残すのみとなった。万延元年の修理以来百年を経過し、その間白アリの被害、雨漏り等により破損甚だしく、歴代市長もこれの修理につき計画を進めてきたが、昭和三十四年、中川千代治市長就任と同時に修理計画を進め、事業費一千五百五十万円、うち国庫補助一千五十万円、森信一氏の指定寄付三百万円、その他は寄附をもって財源とし、昭和三十五年十月一日工事着手、同三十七年十月三十一日竣工。その間資材費及び労務賃の急騰、白蟻駆除工、第二室戸台風による災害復旧費、その他の附帯工事費等で一千余万円の増加を生じ、事業費総額は、二千五百八十六万円余となり。この収入内訳は、国庫補助金二百二十三万円余、寄附金五百五十五万円余(篤志家、一般市民、郡部町村、南予出身県外在住者)雑収入(不要物件、仮設物等を売却)一百三十八万円余、一般市費繰越金一百二万円余をもって充当した。
事業執行方法
 宇和島市特別会計宇和島城天守閣修理事業費、天守閣修理工事事務所を設け、国の監督の下に市直営(仮設物、屋根土居 を請負とした。)工事で施工した。

現在日本に現存するわずか12の天守閣の一つで江戸時代の様式を表した代表的なものと言われている。

我が国に現存する天守一覧表(年代順)
 城 名  所 在 地

建立城主

建立年代
備考
丸岡城天守 福井県 丸岡市 柴田氏 天正4年(1576) 重要文化財
犬山城天守 愛知県 犬山市 石川氏 慶長4年(1599) 国宝
松本城天守 長野県 松本市 石川氏 慶長初期(1596〜1607?) 国宝
彦根城天守 滋賀県 彦根市 井伊氏 慶長11年(1606) 国宝
姫路城天守 兵庫県 姫路市 池田氏 慶長14年(1609) 国宝
松江城天守 島根県 松江市 堀尾氏 慶長16年(1611) 重要文化財
丸亀城天守 香川県 丸亀市 山崎氏 寛永末期(1640〜) 重要文化財
宇和島城天守 愛媛県 宇和島市 伊達氏 寛文中期(1666〜?) 重要文化財
備中松山城天守 岡山県 高梁市 水谷氏 天和年間(1680〜1683?) 重要文化財
高知城天守 高知県 高知市 山内氏 寛延元年(1748) 重要文化財
弘前城天守 青森県 弘前市 津軽氏 文化7年(1810) 重要文化財
松山城天守 愛媛県 松山市 久松氏 安政元年(1854) 重要文化財
城名をクリックすると写真があるものはでてきます(ないものもあります)

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