
自分の部屋のテレビで見ると、会場の大きなスクリーンで見るのとはまた違った感覚になる。本日四国地方だけの放送が行われた。二度見ると、感慨も深い。特に印象に残ったのは、初めの方で、和哉たちが祭りで買って持ってきてくれた、たくさんの「リンゴアメ」を手にとって眺める、ジーコの笑い顔が、次の瞬間言いようのない絶望に似た深淵を思わせる表情に変わった事である。浅利陽介は新選組に出たとき時に比べ、遙かに良い役者になっていた。私はジーコの死に関して、自死だと思っていたが、事故死説、自死説の二つの捉え方があるようだ。何気なく日常を送っていても、生きている事は常に死と表裏一体であることを再認識した。読者がそれぞれの解釈をすればいいのだろう。(10月29日)
10月27日、宇和島市南予文化会館において、先行上映。
余韻さめやらぬ状態である。私の年代には少し重いドラマであった。ただ、上手く編集してあり、昔の宇和島の雰囲気を味わうことが出来た。
おまけに特別サービス、なんと出演した北村和哉役の細田よしひこさんと、ジーコ役の浅利陽介さんが上映前に登場、舞台挨拶をされたのである。
「自分が自分である為に………」確かにテーマそのものが重い。
これは人の生き方を問う青春ドラマであり、宇和島の宣伝ドラマではないから、あまり宇和島色を出さなくても良かったかな、というのが率直な感想であるが、故郷を離れて久しい人には懐かしい景色が盛りだくさんだ。それぞれのシーンが何処で撮影されているのか推理するだけでも楽しいかな。
来年1月2日午後11時、NHK総合での放送が決まったらしい。
ドラマを見る前から不覚にも管理人は泣いてしまったのだ。NHKから現在スポットで流されているシーンの一つに、三人が夜の海岸で花火に興じる映像が出てくる。ほんの数秒だろう。しかし私はこの絵に泣かされてしまった。たんなる純愛ドラマかも知れないが、帰らざる青春と重なった時、私の中で大きな宇宙が広がり、そして花火のように夜の闇の中に消えていった。『じゅんあい・純愛』を死語にしてはいけないと思う。虚実の入り交じった、この殺伐とした時代だからこそ、純愛の花を咲かす必要があるのだろう。
宇和島出身で「世界の中心で、愛をさけぶ」(セカチュー)の作者
放送があった!
10月29日(土) 後7:30〜 総合テレビ※四国地方のみの放送でした。
●●●公式サイトは閉鎖になりました●●●
上がNHKの公式サイトなので、詳しくはここを見て欲しい。公式サイトも動き始めた、BBSに早速一番のりさんが書き込んでいた、誰だろうなー。宇和島検定も是非受験して欲しい。
公式ページもいつの間にかトップが変わっていた。放映に先行して試写会もあるらしい。
(意気込みはかなりなものだ。ご本人は否定されるかもしれないが、片山恭一さんの心象風景の原点とも言える宇和島の町が、ドラマではどのように描かれるのだろう、興味津々だ。)
あっ! ロケやってるじゃん!宇和島の人ならどこか判るでしょうねー。(写真は意図的に不鮮明にしている)
城山は結構きつそうだったなー。「シルクロード」なんて制作が大変だろうと思った。
(初めの二枚のシーンはカットされた見たいだな。
蛇足
ドラマは「ドラマ」であって「ドラマ」ではないよー。これ判る、アクセント。最近は平坦な発音になっているが、正しい日本語を使おうぜ。たぶん標準語辞典なんてのがあって、橋、端、箸はそれぞれアクセントが「はし」でも違っていたと思うけれど。炭、済み、墨、角も「すみ」なんですけど違っていたよな。言葉は時代とともに変わる事は判るけれど、「全然きれい」 なんて否定から始まる肯定表現は聞きたくも無いよ。昔、「とても美しい」という表現を芥川龍之介は嫌っていたとか。「とても〜」は全然と同じように「〜でない」と言う否定の意味だったらしい。これは関係なかったな。
言いたいこと
そのうち全国放送であるから見て欲しい。あなたのふるさとがドラマになるとこう描かれている。実写の映像は私のサイトより遙かに真実を伝えるだろう。
ロケの様子など細かい事も判っては居るけれど、NHKの関係もあるから、ここでは一部しか公開はしない。