宇和島の1月(平成15年)

この下に大宮庫吉氏の銅像があるからね。


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1月8日、宇和島市で、ヤクルト・スワローズの岩村明憲選手の激励会が開かれました。


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 岩村選手は、高校時代には宇和島東高野球部で活躍。甲子園に出場の機会はありませんが、フィリピンで開催された、アジア・太平洋野球選手権大会?(正確な名前は忘れましたが)に全日本のメンバーとして出場。好成績をあげました。特に場外ホームランを放ち、その記念に球場の壁にベーブ・ルースのプレートのそばに彼の名前を刻んだプレートが埋め込まれたと聞いています。

 高校1年の頃には、まだバットに振り回されていた、少年でしたが、今や日本球界を代表するプレーヤーになった事は嬉しい事です。報道などでご存じの方もいらっしゃるでしょうが、今年の目標として、打率3割、ホームラン30本、30盗塁を宣言しました。昨年はフル出場で、好打率を残しているので、今年もさらなる期待が持てそうです。


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1月2日、天候が良いので、住吉山に写真を撮りに行きました。
途中、いつの間にか、空いていた交差点に、バイパスの高架橋が出来ていました。


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 先日、神戸在住の方から、宇和島出身で宝酒造の元会長、大宮庫吉(−くらきち)翁について問い合わせがあり、和霊公園に銅像の写真を撮りに行きました。
 案外知られていないもので、片隅にひっそりと建てられていました。その方の話では、京都美術館がロダンの像購入をあきらめていたとき、大宮氏が多額の寄付をされ、そのおかげで某大学に買われる予定であった像の購入が出来、京都に残すことが出来た、ということでした。宇和島にも以前、公会堂建設の際巨額の寄付をされ、そのおかげで、ホールが出来、記念に大宮ホールと呼んでいました。


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【左】 大宮庫吉翁の略歴
一  明治十九年四月一日井上宇兵衛の三男とし
   て宇和島に生れ幼にして弧となり丸穂大
   宮家の養嗣子となる
一  明治四十年日本酒精株式會社に入り醸造の
   技を究む
一  大正五年京都四方合名會社に聘せらるる後同
    社は改組して寶酒造株式會社となる
一  昭和二十年寶酒造株式會社取締役社長に就
    任す
一  昭和二十六年同社取締役會長となる
一  藍綬褒章の他紺綬褒章の下賜六回に及ぶ

【右】大宮庫吉翁は生涯を一つの事業に捧げて成功した類まれな
偉人である翁は宇和島に生まれつとに舊藩校継志館に学び明
治末期当地に創立されたアルコール生産工場に入り醸造の
技を究めること十年のち京都に上り努力奮闘遂に有名な寶
酒造を築きあげわが國酒造界の巨擘と仰がれるに至ったが
その素地は實に年少の宇和島時代に培われたのである
翁は浩堂と■し茶道を極め書藝に達し加うるに詩歌に精進  ■ =号?
して佳作も甚た多いがその望郷の歌に
 生れきて三十年をふるさとに
めしわさの恩は深かり      或いは
翁はまた神佛を奉すること厚く郷土を愛する念深く公共事
業に私財を投じたことも再ではないさきに宇和島市公會
堂建設に際しては率先して巨額の基金を寄せられた大宮ホー
ルの偉容を完成し郷人ひとしくその恩恵に浴している
思うに翁が不遇環境に身を起こし不撓不屈精勵よく今日の大
をなし國家社會に貢献されたことはまことに後進を奮起せ
しめたる生きた模範というべきであろう
ここに有志相図り翁の風手を刻して頌徳の意を表する
 昭和三十六年六月  伊達宗彰 撰

 大宮庫吉翁は、文化的な活動で、大きな貢献をされていますが、ほとんどが篤志家として行われ、あまり表には出られない方だったそうです。
京都美術館のロダンの像の購入に関しても、美術館自体が現在ではそのいきさつを知らなかったそうで、その話を知り(購入に尽力された)近々、ロダンの像に、翁が残してくれたものである旨を書いたプレートをつけるそうです。
 そのロダンの像自体も、戦争中に愛国団体から強制的に供出させられる寸前、所有者の懸命な努力で、難を免れたという数奇な過去があったそうです。このお話を伺い、日頃何気なく見ているものにものにも、様々な歴史があることを知るとともに、隠れた事実を記録されようと、頑張っている方もいらっしゃる事を教えられました。

【※注】 ここで困った問題が起きた。碑文には明治四十年に日本酒精に入社とあるが、宇和島商工会議所の発行した「宇和島商工70年史」によれば、大正になって日本酒類株式会社が鈴木商店によって創立されるのであるが、そこでは「宇和島酒精」を買収したと書かれている。その後米騒動で焼き討ちされるのは「日本酒類株式会社」であることには間違いないのだが、その前身が「宇和島酒精」なのか「日本酒精」なのか不明である。どこかで誤って伝えられた可能性が高い。
 いい加減な記載が後に混乱を起こす原因になる。

♪梅は〜咲いたか、桜はまだかいな〜♪


庭の梅の花も


いつしか咲き始めて


三浦に行きました


別に、どうって事は

1月18日、三浦の山に行きました。ここから眺める景色は、昔のままのようでした。

特に感激したのは、帰りに出逢った、道ばたで遊んでいる子供が 「今日は……」

と、挨拶してくれた事です。このきれいな景色とともに純朴な子供の心に感激しました。


管理人が感電した、電気バリヤー

山に登る途中で道に迷い、とにかく尾根をめざして登っていたら、途中に写真の線が現れました。
私は、嫌な予感がして、素手でちょっとさわったところ、バチッと電気がきました。
そうです、多分イノシシよけなのでしょう。電気が流れてきました。後日そのことをある人に尋ねたら
100ボルトの電流が流されているそうです。その人は 「なんちゃ、かむかえ」(なんでもないから)
「またいで、通ったらええんよ」 とおっしゃいましたが、足が短い私には、不可能な事でした。

ジャイアント・馬場なら問題なくまたげたでしょうが、この高さでは短足の私はおろか、普通の人でも
ちょっと難しいのではないでしょうか。

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