別当大師光定(べっとうだいしこうじょう)
〜愛媛出身の偉大な天台僧〜

愛媛新聞記事    年表    ご和讃    お言葉抄


 別当大師光定和尚(779−858)は,奈良時代の終わりのころ、伊予国風早郡(愛媛県、旧・北条市)松山市北部の地域に誕生されました。
 平安時代の初期、比叡山の伝教大師最澄(766-822)の弟子となり、「大乗戒壇」の公認と建立に努力され活躍された方です。漢文を書けば非常にすぐれていて、嵯峨天皇より寵愛も受けました。
 宗祖ご入滅の後は、36年間にわたり、天台座主不在の18年間を含め、慈覚大師円仁の中国修学を助け、日本天台宗の経営と維持に生涯を尽くされた高僧で、天台宗の歴史上、忘れてはならない方です。比叡山延暦寺の総別当に任命されたので、別当大師(べっとうだいし)という「おくりな(諡)」があります。比叡山の大黒さんとしても信仰され、『伝述一心戒文』という重要な書物を残されました。
 光定さんは当時としては非常に珍しく、80歳の高齢で入寂されました。お墓は、尊敬して止まなかった伝教大師のご廟所(比叡山浄土院)の隣に、寄り添うようにして現在もあります。


(2002.11.21)

〔四国天台仏青TOPへ〕